マスタリングレポート

今回のリマスタリングのテクニカルな面について書きます。
オーディオに興味の無い方にはまるで面白くないと思いますので(笑)斜め読み、もしくはスルーして頂いた方が良いかと思いますが、興味の有る方には、なかなか面白いと思います。

まず、25年前のマスターテープをユニバーサルミュージックのスタジオで取り込み、僕のスタジオで作業する事にしました。
果たして保管状況はどうなのか、またどの種類のマスターテープがあるのか全く分かりませんでした。

結論から言うと「HEART WASH」と「サヨナラ、君のロンリネス/星空のガレージ」に関してはアナログマスターが存在していました。
「サヨナラ、君のロンリネス/星空のガレージ」はアナログマスターしかありませんでした。

「From South Avenue」「眠り続けたい」に関しては田中信一氏らしくデジタルマスターしか存在せず、分かり易く言うと「HEART WASH」以外は選択の余地がありませんでした。

「HEART WASH」のアナログマスターは一見(一聴?)保管状態も良かったのですが、取り込んだ音を解析すると、やはり転写がかなり進んでいて25年の年月を感じるダメージがありました。
それとオリジナルのマスタリング時にアナログテープレコーダーのアジマス角を調整して若干ステレオワイドにしていたようで、印象が変わりすぎるためアナログテープからのマスタリングは選択せずにCDマスターから起こす事にしました。

結果、「サヨナラ、君のロンリネス/星空のガレージ」だけがアナログから、それ以外はCDマスター(デジタルマスター)からの作業となりました。


取り込み方法はPRO TOOLS(PCM方式)とDSD方式で行い、結局、DSD(1-bit 5.6MHz)の方を採用しました。
これは同じDSD方式のスーパーオーディオCDフォーマットの更に倍のサンプリング周波数に相当し、最もアナログに近いデジタルサウンドと言える物です。

この音源をアナログ再生してPRO TOOLSに32bit-float 88.2KHzファイルで取り込み、音声処理をしました。
32bit-floatはヘッドルームの大きさ、88.2KHzはCDフォーマット(44.1KHz)に最終変換する時の整数倍である事の有利さを考慮した物です。

と、まぁここまでは何だかよく分からないお話ですが、ここからはグッと音楽的な話になります。

ブックレットにも書きましたが20年近く聞いていなかった(避けていたんですけどね)その音は、僕の想像を遥かに超えていました。
どう超えていたかと言うと、「HEART WASH」は想像以上にレンジが狭く低音が無い…。
「From South Avenue」は逆に想像以上にレンジが広くピークが強い…と言う感じでした。

今回、僕はハイファイな音に変えるのではなく、なんとか両者の中間的な音に持って行き、2012年現在のCDとして聞くに耐える音圧まで上げる、と言うテーマで作業しました。

とにかく「HEART WASH」はベースがいないんですよ(笑)。
Kickもペチペチいって全然低域が無い(笑)。なんでこんな事になっちゃってんだろう…、と思って低音上げるとロータムだけ凄い低音が有ったりして…(笑)。
ホント、始末悪いなぁ…と思いながら地道に作業して行きました。


「From South Avenue」はさすがに良い音してるんです。ホント、さすが田中さんです。
ベースなんて同じ人間が同じ楽器で弾いているとは思えない位の違いで…、ドラムも全然違うんです。

ただエコーに関しては「From South Avenue」は80年代に流行った独特なまとわりつく様な太ったエコーが付いていて、音圧を上げるとこれが巨大化してモワモワしてしまう…、ここが最大の問題でした。
最近テレビなどでも1980年代サウンドが聴けますが、やはり一様に「聞こえ過ぎるエコー」が特徴になっていますね。

それと、僕のボーカルに関しては「HEART WASH」の方が気持ちよく録れていました。
主にコンプレッサーのかかり具合なんですが、「From South Avenue」は歌が生々し過ぎて、少し恥ずかしい感じがしました。僕はコンプレッサーの強くかかったボーカルが好きなんです。

ちなみに大瀧詠一さんの「A LONG VACATION」以降のナイアガラサウンドを「エコーサウンド」と言う人がいますが、それは違いますね。
確かにロングリバーブが多くかかっていますが、あれはコンプレッサーによるサウンドです。
コンプレッサーでエコーが沸き上がって聞こえる訳です。
ネット上に自作音源をアップしている方も多くいますが、ナイアガラサウンドを作ろうとして、ただの風呂屋サウンドになっている人が多いですね。コンプですよ、コンプ(笑)。


話は逸れましたが、「サヨナラ、君のロンリネス/星空のガレージ」はアナログ音源と言う事も多少は影響しているのかも知れませんが、そのコンプレッサーが無神経に強くかかっていて、全然音が前に出て来ない状態でした。
幸いシングル用のマスターだったので曲間が長くスプライシングテープで繋がっていて転写が殆ど気にならなかった事はラッキーでしたけど。


「眠り続けたい」は、これはもう完璧なミックスで、「From South Avenue」よりも格段に良かったです。
多分僕の声の処理方法も丁度良い所を見つけたんだと思います。シングルと言う事もあって音圧もそこそこ入っていました。
とは言え2012年のCDとしては小さかったので、バランスや音色のイメージが変わらない様に細心の注意を払いながら音圧を上げて行きました。
そして出来上がった音源を基準にして、他の曲をそれに近づけて行くと言う方法で全体を作って行きました。


まぁ、色々しょうもない事を書き連ねましたが、孤独な作業を続けていたので、どこかで誰かに聞いて欲しかった「愚痴」だと思って許して下さい(笑)。